謎の行動
ポチくんのTwitterが更新される度に、コメントを残すようになった私。
でもポチくんからの返しは、毎回1~2行のあっさりしたテンプレート。
サークルで会ってる時のポチくんの印象とはかけ離れていて、距離を感じる。
はて。ヤツは何を考えてるんだ?
そして彼は、自分が運営するパンドラの箱で遊ぶ日が増え、花イチに顔を出す回数も減っていった。
そんな風だから妙な距離感を維持したまま、個人的に遊ぶこともなくサークルで会うだけの関係が続いていたのだが、ポチくんの声が聴きたくなった私はパンドラの箱に遊びに行こうと決める。
しかしそこは、私には刺激の強い場所だった。
快く受け入れてくれたのは良かったが、ゲームはそっちのけで会話がメイン。
しかも女性メンバーが居るにも関わらず、下ネタ満載の会話が飛び交うようなサークルだったからだ。
PS(プレイヤースキル)を上げたい私。そして下ネタが苦手な私。
しっかりおもてなしはしてくれたもののポチくんは何だかよそよそしくて、もうパンドラの箱はいいや…とこの時は思った。
すると翌日。
『昨日はありがとう』とコメントを残すと、『紫苑さんうちのサークル気に入ってくれたみたいなんでメンバーに入れておきました』との返し。
あらま仕事が早い。
もう行かないと思うけど。
ま、いいや。
だけどこの時の彼のこの行動も、後々の私達にとって大きな意味を持つものになったから、何かしら縁はあったのかもしれない。
『紫苑さん今週の土曜日時間あります?』
またも突然、ポチくんからの予想外のコメント返し。
何かあったのかと訊ねると、ゲーム上で必要な環境生物の居場所を教えて欲しいとのこと。
…ふむ。
『遅い時間からでも良ければ多分大丈夫だけど、それでも良い?』
『おけです。じゃまた土曜日に』
ふたりきりで遊ぶことに多少の抵抗はあれど断る理由はなかったし、何より独占的に声が聴けるかもしれないという期待に胸が躍った。
だけど、私なんかより遥かにゲームに詳しいはずのポチくんが何で…
そうこうしてる内に愚痴子の秘書的な立ち位置になっていた私は、ポチくんの声を聴く日が減り、愚痴子と行動を供にする日が増えた。
そんな中、花イチで大イベントが行われることになる。
部屋を5つ作り、40人ほど居るメンバーを分散してゲストを招き、おもてなしをするというもの。
この企画を考えた愚痴子の目的は、花イチの知名度を上げること。
そのためには、VCができ、かつゲストを楽しませるセンスのあるリーダーが各部屋ごとに必要になる。
そしてあろうことか、その内のひとりに私が抜擢されてしまったのだ。
しかも私が担当する部屋に付けられた名前がまたひどい。
【喘ぎ部屋】
愚痴子の宣伝効果のせいで、今では【喘ぎの紫苑】としてちょっとだけ名が知れてしまった私の声を1度聴いてみたいからと、花イチに遊びに来たがるユーザーが増えたと風の噂で聞いた。
もしそれがほんとなら、喘ぎ部屋だなんて名前の部屋を立てたらどえらいことになること必至だ。
早くも私は、企画日が憂鬱になった。
小さな嘘
『紫苑さん大丈夫?』
珍しく、ポチくんからDMが届いた。
訊けば私が部屋主(リーダー)に抜擢されたことを心配してるのだと言う。
『何でその事をポチくんが知ってるの』
『フライヤー作ったりメンバー振り分けたりするの手伝ってってGucciに頼まれたから。ちなみに俺も部屋主』
『そうだったんだ。ポチくんと愚痴子がそんな仲だったなんて知らなかった』
『あぁ、サークルに入る前からGucciとは個人的に交流あったからね』
まさかそんな所も私と同じだったとは。
『まぁもうやるしかないからね。ていうか部屋主はともかく部屋名は何とかならないのあれ』
『無理だね。てかあの部屋名悪くないと思うけど』
『え、何で』
『しっかり広告塔になるから』
ほんとに心配してくれてるのかコイツは。
ポチくんの考えてる事が、ますます分からなくなった。
そして約束の土曜日。
ポチくんが作った鍵部屋にインすると、いつもとは違うお洒落な装いのポチキャラが居た。
私好みのクール系なキャラに変身していて、なかなか目の保養になる。
「あ、紫苑さんお疲れ~」
やった、VCだ。久し振りにポチくんの声が聴ける。
「どしたのそんなお洒落して」
「紫苑さんはこういうのが好きかなと思って」
「確かに好きだけど…何でまた」
「一緒に探索行くから」
「環境生物取りに行くだけでしょ?」
「いや?」
「へ?」
「ほんとに俺が環境生物の居場所知らないと思った?」
「は…」
「一緒に遊ぶための口実」
やられた。やっぱりか策士め。
「おかしいと思ったんだよね、ポチくんの方が知ってるはずなのに私に訊くなんてさ」
「じゃあストレートに伝えても来てくれてた?」
「いや…断ってたかも」
「でしょ?」
「じゃ何で私。今日はタマちゃんとは遊ばないの?」
そう彼には、よくふたりきりで遊んでる女性メンバーが居る。
遊ぶ度にツーショット画像を投稿する彼のツイートを見て私は知っていた。
だけどタマちゃんとは、特別な関係というより気が合う仲間といった感じ。
その証拠に、楽しそうに映ってる画像はあっても、べったりくっついてるようなイチャイチャ画像はひとつも無い。
とは言っても、それはあくまでポチくん側の視点で見た場合の感想。
タマちゃんの方は、もしかしたらポチくんに好意を持ってるかもしれない。
そう考えたら、ふたりきりで居るのが何だか申し訳なく思えてきてしまう。
「あータマちゃんね。今日彼氏とデート」
「彼氏?」
「そそ、リアルの」
なるほど、そういうこと。
タマちゃんが居ない日の暇潰し。要するに私はあの子の代役なわけね。
そしてタマちゃんには、リアルに彼氏が居るわけだ。
なら何の問題もない、遠慮なくたっぷり声聴かせてもらお。
たかがネット、されどネット
ところが…
いざ探索に出ると、ポチくんの様子がおかしい。
やたらリードしてくれるし、「ここの景色綺麗なんだよね」などと言っては穴場ショットを教えてくれたり、やることなすこと妙に色っぽい。
挙げ句には「ここで撮ろっか」と、私のキャラに自キャラをべったりとくっつけてポーズを取り、ツーショット撮影まで。
当然そんな事をするのが初めてな私は、戸惑いが隠せない。
自分がくっついてるわけでもないのに、キャラがくっついてるだけなのに、ものすごく恥ずかしい。
対するポチくんは、恥ずかし気もなくかなり手慣れてる様子。
「もしかして、こういうの平気なタイプ?」
「まぁそうかも。昔から普通にやってたし」
「相手が誰でも?」
「うん、仲良い相手なら。単なるコミュニケーションの一環っていうかさ、ゲームばっかりよりこういうのも挟んだ方が楽しくない?」
そっか…ポチくんにとってはそういう感覚なんだ。
そう思ったら気は楽になったけど、何かが引っ掛かった。
何だろう、この釈然としない感じ。
……そうだ。
「昔から普通に」なんて言ったけど、ポチくんのTwitterにはそういう画像が載ってないからだ。
そして翌日彼のTwitterを遡ってみると、やっぱり楽しそうに遊んでる画像しかない。
どういうことだ。
その日の夜、私達のべったりツーショット画像が、彼のTwitterにアップされた。
載せるんかい。若さ故の価値観ってやつ?
それが私の正直な感想。
だけど周りを見てみると、遊んだ人との画像を載せるのは当たり前。それが礼儀でありマスト、的な流れさえ見える。
ならば私も載せるべきなのかなと、ポチくんとのツーショット画像をアップした。
面倒なことにならないといいけど…
そんな私の思いとは裏腹に、特に冷やかされることもなく迎えた花イチ企画の決行日。
私の部屋は愚痴子が招いたVIPなゲスト専用になり、ますます気が抜けなくなった。
このイベントに参加したいという希望者は続出し、ゲストさんには自ら好きな部屋に入ってもらうという流れ。
しかし私の部屋は開始時間すぐから満員になったため、他の4部屋がどんな様子なのかを伺う余裕もなく、喘ぎ部屋に配置された花イチメンバー達と共におもてなしに尽力した。
企画の予定時間は21時から深夜0時。ゲストからの希望が多い部屋はそこから延長。
5部屋の内2部屋は予定通りの時間で終わり、他2部屋は午前2時まで延長した。
最終的には喘ぎ部屋のみになり、各部屋に散らばっていたメンバーと、各部屋のゲストに挨拶周りをしていた愚痴子も合流。
そして朝の6時過ぎに、やっと解散の兆しが見えた。
一気に襲ってくる疲労感と達成感。そして激しい胃の痛み。
同時に、喘ぎ部屋でずっと一緒に頑張ってくれていたメンバーが居たからこその成功だと痛感した。
他の部屋のメンバー達は寝落ちだ何だで数が少なくなっていったのに、喘ぎ部屋の子達はみんな最後まで残っている。
途中で寝落ちそうになった子も居たが、目をこすりながら頑張ってくれた。
言い方は悪いが、たかがゲームなんだからそこまで無理しなくていいのにと思っていた私も、終わりを迎える頃には、されどゲームなんだなと思うようになっていた。
「色々迷惑かけたね、不甲斐ない部屋主でごめん。こんな私について来てくれてありがとう。助けてくれてありがとう」
メンバーにお礼を伝えると、
『そんな、めちゃくちゃ楽しかったですよ!』
「居心地いい、また来たいってゲストさんみんな言ってくれてましたよ!」
『うん、喘ぎ部屋で良かった!』
21時から6時。まともに休憩も取らず突っ走った9時間。
みんな疲れてるはずなのに、眠いはずなのに、口々にそう言ってくれたのを見た私は胸が熱くなった。
最後に愚痴子からも、『ほんといい部屋だった。大成功だよ、ありがとう』そう言ってもらえた時、堪えきれず溢れてきた感情と涙で喋れなくなってしまう。
ネット上だけでの付き合いの、顔も知らない相手に、こんなに気持ちが入るなんて思ってもいなかった。
言葉が喉で詰まる。鼻が詰まる。下手に喋るとみんなが心配する。
私は、マイクを切ってTCで打った。
『みんなと出会えて良かった。サークルに誘ってくれてありがと愚痴子』
その姿は本物…?
2日後、またもポチくんからのDM。
『企画お疲れ様。良かったら打ち上げ探索行かない?』
誘い方がいちいち可愛いな、ふふ。
どうせまたタマちゃんが居ない日があるだけだと察しながらも、若者らしいその幼さに笑みがこぼれた。
大きな企画を乗り越えたからなのか、私にも少しは余裕が出来たらしい。
だけどこの頃から、ポチくんのTwitterで″ガン子″というHNの女性をよく見かけるようになる。
どうやら企画の日、ポチくんの部屋に遊びに来たゲストのひとりみたいだ。
彼女のコメントを見る限りでは、ポチくんのことをかなりお気に入りの様子。
そして彼もまた、ガン子さんへの返信だけ文字数が増えるようになった。
ポチくんとふたりきりでの2回めの探索。
どちらからともなくお揃いの衣装になった。
そして前回とは違うマップで撮影。
今回はただくっついてべったりしてるだけじゃなく、誰が見ても特別感のあるくっつき方とポージングばかり。
「ねぇこんな事しててほんとに感情移入しちゃったりしないの?」
「んー…今のところ無いね」
きっとそれは、何とも思ってない相手だからこそ感情移入せずに楽しめるということ。
少しでも気になってる相手だったら、ドキドキしたり嬉しくなったり、もっと言うなら撮影しながら妄想しちゃったりもする気がする。
ポチくんがいま平気で居られるのは、私を何とも思ってない証拠。
私にとってもその方が助かるはずなのに、何だろう…ちょっとだけ胸が痛い。
撮影しながらそんなことを考えていた私の耳に、ポチくんの声が飛んできた。
「紫苑さん大変だったしょ。大丈夫だった?」
「ん?企画のこと?」
「うん」
「心配してくれてたんだ?」
「そりゃね、最後落ちる時様子変だったし」
「…バレてたか」
「俺にはね」
照れ臭そうにそう言うと、「他のメンバーは気付いてなさそうだったから大丈夫よ」とポチくんは付け足した。
きゅ、と胸を絞め付けるような痛みが走る。
「良かった。他の子達には気付かれたくなかったから」
「今日の打ち上げも、紫苑さんの様子がおかしかったから思いついた事なんだよね実は」
またひとつ、胸がきゅっと鳴った。
あっという間に過ぎたこの時間は、勘違いだったのか自惚れだったのか。
こうして何度も私をドキドキさせたポチくんは、この日を境に、ガン子さんとの特別な時間を作っていくようになる。
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